日本共産党流山市議団
議員の紹介
いぬい紳一郎
いぬい紳一郎

プロフィール      流山市議団ホームページの管理者です

1954年 福井県勝山市生まれ
議員任期:6期 市議団長
市民経済常任委員会委員、議会運営委員会副委員長
住所:三輪野山1−1192−2  電話:04-7159-2773
ブログ:http:inui-jcp.cocolog-nifty.com/blog
ツイッター:https://Twitter.com/jcpinui
メール:inui-jcp-toukatu@nifty.com
活動区域:三輪野山、加1〜6、流山1〜6、平和台1〜4、南流山1〜8、鰭ヶ崎、西平井、下花輪、前平井、後平井、中、木、流山

いぬい議員の活動

My Message

5期目に挑戦します                          2011年2月1日

 初当選以来「医療・福祉に情熱を」と16年。この4年間は、介護保険料の引き下げなど負担軽減を実現してきました。
 「これ以上、森と緑を奪わないで」..開発ばかりに目をうばわれている市政に、「流山の自然と暮らしを守る市政を」と主張。「議員期末手当5%カット継続」「文化会館駐車場有料化廃止」条例案を提案するなど、暮らしを守る「防波堤」の役割をしっかりと果たしています。
 引き続き、みなさんのご支援を、よろしくお願いします。

市議会議員 いぬい紳一郎

いぬい紳一郎の個人リーフはこちらです。

いぬい紳一郎のポスターはこちらです。

自己紹介

 わたくしは、1954年9月14生まれで、現在52歳です。出身地は、霊峰白山の麓、福井県勝山市というところで、歴史と自然の豊かな田舎町です。父(国家公務員)、母(農協職員)は共稼ぎでしたが、父は農家の長男で、祖父母、叔父・叔母など10人の大家族の中、2人兄弟の長男として育ちました。
 地元の高校(県立勝山高校)を卒業後、弁護士を志して中央大学法学部に入学。しかし、東京での一人暮らしで友人もできず、目的を失って、大変苦しい学生生活を送りました。その後、東京杉並区で民青同盟に誘われ、サークル活動や平和運動の経験を経て、22歳の時、日本共産党に入党しました。
 大学卒業後、畑違いのコンピュータのプログラマーとして3年間働きましたが、身体をこわして退職。29歳の時、経験を買われて、民医連代々木病院の電算室で働くことになります。代々木病院では、平和委員会や労働組合の執行委員として活動しました。核兵器廃絶を求める「ヒロシマ、ナガサキアピール」署名運動に参加し、渋谷区人口過半数の署名をあつめる活動や、看護婦闘争などに力を発揮しました。その後、代々木病院と東葛病院(千葉県流山市)の合同に伴い東葛病院に職場移動となり流山市に転居。地元の党組織に要請され、1995年の市議会議員選挙に立候補、当選しました。40歳の時です。

 初当選以来、3回の選挙を経て現在4期目ですが、いつも住民運動とともに歩んできたと実感しています。1万8千もの請願署名を議会に提出した「せめて68歳までの医療費助成を」の運動、平和台のパチンコ店出店反対運動、新ゴミ焼却場建設反対運動、そして、巨大道路反対運動などにかかわり、議会で常に住民の立場にたって質問し、「ゴミ議員」「パチンコ議員」といわれるような活動でした。
 さらには、市政や議会の不正・疑惑追求の先頭に立ってきました。4年前の大型ゴミ焼却場建設をめぐる談合疑惑、前市長による職員不正採用問題、前市議による1500万円受領問題など様々な疑惑がマスコミでも取り上げられてきましたが、清潔な党・日本共産党の一員として議会での追求の中軸をになってきました。

 流山市は、一昨年秋に常磐新線(つくばエクスプレス)が開通し、大きく変貌しようとしています。とりわけ問題となるのが、新線の沿線ですすめられている巨大開発の問題です。全国で公共事業の見直しが叫ばれている昨今、流山市でも沿線開発の見直しは避けられません。ところが、この問題を真正面から提起しているのは、市議会の中では日本共産党だけです。巨大開発優先の政治の流れを、市民の暮らしや福祉を大切にする政治に切り換えていく──この大きな仕事に、これからも精一杯がんばっていきます。

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